上毛印刷株式会社

印刷つれづれ:第8回 日本に金属活字をもたらした2つのルート

印刷つれづれ:第8回 日本に金属活字をもたらした2つのルート

2025年07月01日
印刷つれづれ
  • #印刷

グーテンベルグの活版印刷機を見れます!
7月21日までの予定で、印刷博物館にグーテンベルグの活版印刷機がやってきています! 「黒の芸術 グーテンベルクとドイツ出版印刷文化」という企画展が開催されているのです。
印刷博物館→https://www.printing-museum.org/collection/exhibition/t20250123.php

早くに金属活字を開発していた朝鮮
グーテンベルグは、活版印刷機を発明したことで、「世界三大発明」のひとつとして語り継がれていますが、実は、ヨーロッパより50年くらい早く、13世紀初頭に世界に先駆けて金属活字の実用化に成功したのは朝鮮だそうです。14世紀末には本格的な活字鋳造所があったがその後停滞し、15世紀に李朝が新しい活字「癸未字」を鋳造。その後豊臣秀吉による壬辰の乱で日本に活字がもたらされました。

関ケ原の戦いが起こった1600年頃は、徳川家康、後陽成天皇、豊臣秀頼、直江兼続などがこぞって印刷事業を起こしました。徳川家康は銅活字(駿河版活字)を作り、儒教を官学としました。当時の活字を「古活字」と呼びます。

ヨーロッパからやってきた活字
1540年代、鉄砲とともに金属活字による印刷術も日本にやってきました。キリスト教の布教活動のため1590年長崎に印刷所ができ、そこで印刷されたものは「キリシタン版(16世紀末 – 17世紀初めに日本を中心にイエズス会によって刊行されたローマ字、あるいは漢字・仮名による印刷物の通称)」と呼ばれますが、その後の鎖国政策によって短命に終わってしまいました。

金属活字のルート

徳川の印刷物

木版画

その後、日本に活字文化が広がるのは明治時代になります。

明治になって活字が復活

二代目カープ女子

二代目カープ女子

長年編集に携わってきました。紙、Web、媒体は何であれ、コンテンツをどのように料理するか考えるのが好きです。 カープ大好きおばさん。球場で応援するのが、最大のストレス解消方法!

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